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伊豆大島・まっしろなブログ

伊豆大島に本社をつくり、地域おこしの会社をやっています。ぜひ伊豆大島へ!

自分の失敗に本気で涙してくれる人、いますか?

社会 暮らし ビジネス

なぜだか理由は分かりませんが、世の中には「自分」「自分」と、自分だけの利益や名誉だけを追い求める人が多いような気がします。
自分の失敗に涙を流してくれるくらい悲しんでくれる人を持つこと、自分のことのように思える人を持つことはとっても大事だと思うんです。

「勝たせてあげられなくてすまん。」

僕は小学校の時に野球チームに入っていました。そのチームは毎年半分近い大会で優勝していて、地域ではそれなりに有名でした。でも僕が6年生になった年度では何年ぶりかで優勝が途絶えてしまって、それはもう、ピッチャーだった僕の責任としか考えられないのですが、小学校最後の大会、最後の試合でのことです。その試合は、7回表の攻撃を終えた時点で僕のチームは1-0で勝っていて、7回裏の相手の攻撃を抑えれば勝ちという状況でした。下のコメントは、大会ホームページの解説です。

○○(僕のチーム)が1点リードで迎えた7回裏にドラマが起きた。
先頭打者の○○が四球で出塁。すかさず2盗で3番○○が送りバンド、1死3塁。
4番、○○が左飛の敵失で1得点。打者は2塁へ。
5番、○○が同じく左前打で○○がホームインで逆転サヨナラゲーム。

このサヨナラ負けで僕の小学校での野球は終わり。引退です。試合会場から自分のホームグラウンドに帰ったあと、メンバーをベンチに座らせて監督が言ったのはこの一言。


勝たせてあげられなくてすまん。


大の大人が小学生の前で涙をボロボロ流しながらこう言うのです。この瞬間は今でも忘れることができません。僕の方こそ、「胴上げさせてあげられなくてごめん。」って思った。
フォアボールで出したランナーをエラーで返されて、サヨナラ負けを喫した選手に、普通はこんなことが言えるでしょうか。僕はこれ以上に「カッコいい」と思える人にそれ以後出会ったことがありません。

部下の失敗を悲しめるか。成功を喜べるか。

「スポーツと仕事は違う」という人もいるかもしれませんが。僕はそうは思いません。目標を達成するために、誰かを喜ばせるために、みんなで協力して頑張っていく。一緒じゃないですか。「お金が絡んでいるんだから」なんて絶対に言い訳にすぎないと思います。上司は部下に幸せになって欲しいと思って接する。部下は上司の気持ちに応えようと自然に思う。それが会社のあるべき姿だと思います。


成功したら“自分のおかげ”?なぜ上司に花を持たせる部下がいなくなったのかという記事の中で、「自分に花を持たせて欲しい」と嘆く上司が取り上げられています。でも、こんなことを考えること自体、ちょっとおかしいと思うんです。


「見返りをもらわないと幸せに感じられない」と思うことがそもそも貧しい思考だと思います。それに、「自分がかかわった相手が幸せになれば自分も幸せ」と感じられるようになれば、勝手に見返りなんてついてくるものだと思います。それは決して「よい所をほめる」「部下に任せて自立を促す」「日々の仕事ぶりを気にかける」なんていううわべだけの行動で生まれるものではないのは明らかです。


部下が失敗したり、いい結果を残せなかった時に、自分のことのように悲しんだり、本当の意味で叱ることができる人ってどのくらいいるでしょうか。頭ごなしに口だけ「お前のためを思って言っているんだ!」などと怒る人は、結局は自分の利益、出世が気になっているだけなんじゃないですか?僕は、こんな上司の下ではいくらたくさんのお給料をもらっていたとしても働きたくありません。

社員を前に土下座をする社長

東日本大震災では、現地の多くの会社が廃業せざるを得ませんでした。テレビで紹介されていた話があって、
その会社も残念ながら津浪の影響でこれ以上営業を続けることが困難になって、社員に失業保険の給付を早く受けてもらうために解雇の通知をせざるを得ませんでした。社員を前にして社長は土下座をしながら

仕事をさせてあげられなくてごめん。

と、涙を流して言うわけです。これまでに設備投資にかけた何千万円、何億円という額が津浪によって流されてしまった状況で一番辛いのは社長かもしれないのに、心から社員のことを思って涙を流せる。

こういう人が、本当の意味での上司や社長のあるべき姿ではないでしょうか。「自分がこれから関わる人を幸せにしたい」と心から思えないような人は、決して昇進なんて受け入れるべきではないと思います。