伊豆大島・まっしろなブログ

伊豆大島に本社をつくり、地域おこしの会社をやっています。ぜひ伊豆大島へ!

将来の夢って何でしたか?

どこで聞いたのか見たのかわからないけれど、


”夢を「あきらめる」のも人生である”


という言葉をよく覚えています。


ざしわらさんの

僕は40歳になっても、きっとどうしようもない存在なんだろうな。 - ざしわらの家

という文章を読んで、内容はタイトルからもお分かりの通り、「僕らって、何年後・何十年後、おじちゃん・おばちゃんになっても、実際にはそんなに成長してないんじゃないか、つまり、ずっと『子供』のままなんじゃないか」というもの。

高校生の頃の大学生って「いろんな勉強もできて高校生と違ってずいぶん大人なんだろうなぁ~」
大学生の頃は「社会人って、仕事もできるし何でも知っていそうだなぁ~」

そう思っていたのですが、実際自分が大人になってみると、何にも世の中は見えてこないし、(少なくとも自分では)あまり成長した実感もない。多分すっとこんな気持ちを抱えながら歳を重ねていくのだろうと。


でも、だからといって、なかなか成長しない自分に見切りをつけて夢を追うことをストップするのは、とってももったいないと思うんです。

「お父さんの夢はなに?」

僕の大好きなCMがあって、三井住友VISAカードの30秒CM。できればまず見てもらえれば!

荒川ちか CM 三井住友VISAプラチナカード - YouTube
「見たくない!」という人のために内容を書くと、

父親と娘が二人で会話をするシーン
父親が娘に「将来の夢は何?」と聞くと、娘は「お父さんと同じ建築家」と答えて、父親は少し嬉しそうにニヤッとする。
そこで娘が「お父さんの夢はなに?」と聞くと、お父さんは不意を突かれたように
「だってパパはもう……」と答える。
~~

このCMのお父さんの場合は、建築家になるという夢を達成したからこれからの夢が見当もつかないというケースなのかもしれませんが、もう自分の夢は叶わないとあきらめて夢がなくなっている人も多くいると思います。

はじめに、「夢を『あきらめる』のも人生である」と、「あきらめる」をカッコ付けにしたのは、夢がもう絶対に叶わないと感じた瞬間に、その夢を放り投げてしまうと、その後の人生がつまらないものになってしまうかもしれない。つまらないというのはこれでもいい表現で、本人の気持ちは「何のために生きているんだろう?」という感じなのではないでしょうか。だから、努力を続ければ1%くらい可能性がある「夢」を常に持っておくことが大事なんじゃないかなぁ~。と思ったからです。


夢を「あきらめる」というのは、夢をなくしてしまうのではなくて、「頑張れば手が届く位置に目標のレベルを下げてあげる」と、とらえることもできると思うんです。

夢を「あきらめる」ということ

先月、野球の巨人戦で松井秀喜さんの引退試合がありました。それ以前に他の局で松井秀喜さんがこんなことを言っていたんです。

高校からプロに入って、「もう自分にはホームランは打てない」とあきらめてしまう選手もいる。自分は、プロに入ってもホームランを追い続けられる選手であって、さらにはメジャーリーグに行ってもまだホームランを求められる選手であり続けられた。これは本当に幸せなことだと思う。

と。
彼の場合は、幼少から追い続けた夢をことごとく達成し続けられた数少ない人間でしょう。

でも、幸せや成功の形は一つではなくて

これまた野球の話なのですが、オリックスから巨人に渡った谷佳知さんという、野球ファンであれば誰でも知っている有名な選手がいます。

彼は野球少年だった頃からホームランにあこがれて、大学時代には関西六大学リーグで三冠王を取って、鳴り物入りでプロに入りました。谷選手自身も、自分はプロでもホームランバッターとして活躍するものと思い描いていたそうです。でもプロに入ってみると、自分が思っていたようにはたくさんホームランが打てない。谷選手はとても落ち込んだそうです。「ホームランバッターになる」という夢が叶いそうにない。


そこで彼はどうしたかというと、ホームランではなく、2塁打を狙うバッティングスタイルに切り替えた。本人のプライドを考えると大きな決断だったと思いますが、「ホームランバッターになる」という夢を「プロ野球選手として生き残る」という夢に「格下げ」して、その後の成功につなげることができました。年間52本の2塁打というのは、今でもプロ野球記録として残っています。



「なんだかこの頃、生活に張りがないなぁ」と感じたり、自分が何のために生きているのか分からなくなったときは

「子供の頃の夢ってなんだったっけな?」

と思い返してみて、今からだったらさすがにそれは叶いそうにないと思ったら、それを今からでも手が届くくらいのものに下ろしてくる。それを生きる目標にするのもいいんじゃないか、そんな風に思います。