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伊豆大島・まっしろなブログ

伊豆大島に本社をつくり、地域おこしの会社をやっています。ぜひ伊豆大島へ!

人生の意味を問い直させてくれる、「きぼうのいえ」というホスピス

「ドヤ街」にあるホスピス「きぼうのいえ」

地下鉄日比谷線の南千住駅から歩いて10分ほどのところにNPO法人の「きぼうのいえ」という施設があります。ここは「山谷」「ドヤ街」とも呼ばれていて、以前は寄せ場として栄えていた場所です。


寄せ場には日雇いの仕事を求めた労働者が数多く集まり、その人たちのための簡易宿泊施設が立ち並んでいました。しかし最近はその規模も縮小してきて、住人の高齢化も進んできました。これらの人の多くは妻子のいない「独り身」。働くための体力も少なくなってきて、生活保護を受けている人も多く、お世辞にも「活気がある」と言うには程遠いところです。


以前は「女性は一人で歩いてはいけない」とまで言われたこの場所ですが、現在では治安も良くなり、それほど気にせず誰でも訪れることができます。


「きぼうのいえ」は、言葉を当てるならばホームレスのためのホスピス。しかし、ホスピスと言えど、余命がそれほど短くなく、かなり元気な人もいます。山田洋次監督で吉永小百合さん、笑福亭鶴瓶さんらが出演した映画『おとうと』のモデルとなった場所でもあります。
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「悲しみの底に沈む人の伴走者として生きよう」

館長は山本雅基さん。とても穏やかで飾り気のないしゃべりをする方です。山本さんは

父の転勤で小学校を転々とし、行く先々でいじめにあった雅基さんは、大学の通信制に在籍していた85年、日航機墜落事故で恋人を失った男性が嗚咽(おえつ)する姿を見て「悲しみの底に沈む人の伴走者として生きよう」と心に誓う。
どんな人も死を全うできる(朝日新聞フロントランナー)

そして、マザーテレサの「死を待つ人の家」に衝撃を受けたことをきっかけに「きぼうのいえ」を建てることを決めました。

僕は昨年、縁あってこの「きぼうのいえ」を訪問させていただく機会に恵まれました。(写真は全て他サイトからのものです)

人生の最期のよりどころ

「きぼうのいえ」は、従来のホスピスとは少し目的が違います。残り少ない命を過ごすことではなく、これまでの人生では得られなかった「人とのふれあい」や「愛情」を感じることが大切にされます。そのため入居者に多いのは、比較的余命が長く、かつ路上生活などを経験しており、人との関わりを多く持ってこなかった人たちです。


「きぼうのいえ」の中ではおじいさんたちが談笑やテレビを楽しんだり、その一方、余命いくばくもない寝たきりのおばあちゃんのかたわらでハープ奏者が「これで○○回目ですね。」と言いながらハープを演奏したり、外では、職員と一緒に外をお散歩を楽しむ人もいたり。


屋上にある礼拝堂には、十字架とあわせて仏教に使うもの(あまり詳しくないので分からない)とが一緒にあって、いわば「タブー」のような状況にあるのですが、ここは、そういったことさえも超越した、何か神聖な雰囲気を感じさせてくれる場所です。僕がお邪魔した時には、部屋の両側にこれまで「きぼうのいえ」にいた方々の遺影が何十人分と並んでいました。


写真の右側が山本雅基さん、左側が奥様の美恵さんです。

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人は、必ず後悔するときがやってくる

山本さんから伺ったお話で心に残っているものがあります。


ある入居者は、生前、犯罪に身を染めて生計を立てていて、「きぼうのいえ」に入ったときには、職員の言うことも聞かず、暴れ放題でした。しかし、何か月、何年とそこで過ごして、いろいろな人と交流していくうちに性格も穏やかになっていきました。そして、余命あと少しになった時に突然


「俺はなんて事をしてしまったんだろう。どれだけ人に迷惑をかけて生きてきてしまったんだろう。」


と、悲痛の声を上げて泣きじゃくったのだそうです。


人はどんな人生を送っても、いつかその人生を振り返る時がくる。「良い事」をしたのだったらそれを幸せに思う。一方、「悪い事」や人に迷惑をかけてしまったことは絶対に後悔する時がくる。


僕は、

他人のためになることをする、人から感謝されることをする、そういったことを望むのは人間の本能だと思うんです。語弊があるかもしれませんが、「性善説」です。でも、一時の感情や、目先の自分だけの利益にとらわれて人を欺いてしまう。その瞬間は脳の中で上手くつじつまを合わせて正当化ができるかもしれないけれど、人生のどこかのタイミングでそれを後悔する瞬間がやってくる。そう思った時はもう遅い。


だから、常に冷静に自分を見つめて、「他人のためになっているか?」「自分だけの利益になっていないか?」こういったことを問いかけてやる必要があると思うんです。


「きぼうのいえ」は、それぞれの入居者の「人生の意味」を問いなおしてくれる場所であると同時に、ある人にとっては「懺悔」の場所でもあります。
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支援のお願い

「きぼうのいえ」は、入居者の生活保護の一部で運営されているのですが、常に赤字で、物資が不足気味になっています。そのため、ホームページ上では「ウィッシュリスト」で食料や生活用品を募っています。もし興味のある方がいたら、これらを送ってみてはいかがでしょうか。どんなに些細なものでも喜んでくれるはずです。(僕はポリデントとゴミ袋などを持っていった記憶があります。)