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伊豆大島・まっしろなブログ

伊豆大島に本社をつくり、地域おこしの会社をやっています。ぜひ伊豆大島へ!

第二回 ハニー・オブ・ザ・イヤーで展示&登壇しました。

先月行われた「はちみつフェスタ2016」、その初日の「第二回 ハニー・オブ・ザ・イヤー」にて伊豆大島のブランド化プロジェクトについてお話させていただく機会に恵まれました。

 

ドレッシングとギフトボックスは都合上、用意することができなかったのですが、こんなラインナップです!

まだデザインはブラッシュアップをかけていく試作品の段階ですが、お見せできるレベルにはなったのかと…(^^)

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大島でとれたはちみつも、最終選考に残った5品とあわせて試食していただきました。

審査員の分とく山の野崎さんや江上料理学院の江上栄子先生にも「すっきりしてして、幅広く使えそう」とお褒めの言葉をいただきました。

 

下記、登壇での発表内容です。 

思い出しながら書いているので、書き忘れている&一部加筆しています。

 

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〜〜〜〜

 

ただいまご紹介にあずかりました株式会社イタドリの愛甲と申します。

伊豆大島で「地域おこし」という立て付けでもってやらせていただいております。

東京の浜松町にある竹芝港から120㎞南にあるところ、フェリーで2時間弱ほどの場所にあります。

この地域活性の仕事の中で、偶然はちみつマイスター協会の方と知り合いまして、ご協力・ご指導をいただく形になりました。

 

日頃より大変お世話になっているということもありまして、この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございます。

 

イタドリという名前の由来

 

先月、試作中の特産品の工場を訪れるために広島に行ったんですね。そこで、前々から行きたかった平和記念資料館を訪れました。母方の実家が長崎県で、長崎の原爆資料館には何回も行ったことがあり、さらには自分の誕生日が終戦記念日である8月15日ということもあり、「戦争」というものについては自分なりに考えることがあるのですが、広島には一度も行ったことがありませんでした。

 

この平和記念資料館の出口に一番近いところに大きなパネルがありまして、花が写っているんですね。広島市の花になっているキョウチクトウという花です。

 

この花が市の花になっている由来をご存じの方、いらっしゃいますでしょうか?(手が挙がる)

 

ありがとうございます。広島市はかつて原爆の影響で75年間草木が生えないと言われていたのですが、この場所にいち早く咲いた花として「復興のシンボル」とされました。僕はもちろん生まれていないのですが、この花が当時の方々に与えた勇気は大きいものだったのではないかと思います。

 

うちの会社、「イタドリ」というのも同じような由来なんですね。

イタドリというのは鳥の名前ではなく植物の名前です。伊豆大島には三原山という火山がありまして、35年〜40年周期で必ず噴火が起こります。

 

その噴火のごとに場所によっては植生が失われるわけですが、この場所にいち早く生えてきたのがイタドリという植物なんです。この植物が生えることによって、

 

周辺に陰ができ、土に水が蓄えられ、他の植物が生えてくる土壌が整います。

そんなわけでイタドリは別名「パイオニア植物」とも呼ばれています。

 

僕がこうやって島に失敗を覚悟で乗り込むことによって、第二、第三の若者(経験の浅い方でも)が地方の活性化のためにチャレンジを起こして欲しい。という願いが込められています。

 

なにも、これは大島に限ったことではありません。

他の地域でも若者が地域活性に関わっていってもらえれば、これ以上嬉しいことはありません。

 

 もっと主体的に島を動かすことをしたい

 

会社は3期目になりますが、これまではそれといった大きなことをしていたわけではなく、会社として大きな柱があるわけではありませんでした。

 

昨年は行政資料を作成する機会に恵まれましたが、たとえ行政資料をして多少の政策提案をしたところで、それを実行する人がいなければ島は動かないし、実際にこれまで数十年も、計画をしてはそこまででほとんど思い描くように達成されていないということも聞いていました。

 

であれば、実際に動こうと。町の政策資料にも「新規特産品の開発を推進する」と書いてありますから、そこを担えればと。

 

僕自身パソコンが苦手で、かつ「商売の基本は手売り」と考えている古いタイプの人間なので、目に見える、もっというと食べ物を作ってみたいという気持ちがあったんですね。その中で地域の活性化ができればいいなと。

 

なぜ伊豆大島なのか?

 

そもそものところに立ち戻って、なぜ伊豆大島という離島で会社を設立したか?というのはとても良く聞かれることなのですが、実は個人的には大島には縁もゆかりもないんですね。生まれも育ちも横浜でした。

 

大学2年生の時に東日本大震災があって、その時に大学を辞めて東北のために何かやってみたい。そう思ったんですね。ただ、さすがにリスクも大きいし、大学はストレートで卒業したいという気持ちもあったので、そこはぐっとこらえて諦めました。それで、そのまま社会人になったのですが、運悪く病気にかかって入院してしまったんですね。潰瘍性大腸炎大腸炎という病気です。お気づきの方も多いかと思いますが、安倍首相が煩っているのと同じ病気です。

 

伊豆大島では今から3年弱前の2013年10月16日に、24時間雨量では観測史上最大の824ミリの大雨が降り、その影響で土砂災害が発生しました。36名の方がお亡くなりになり、今でも3名の方が行方不明となっています。

 

この災害の時期と、入院の時期が重なったんですね。病室から大島の光景を見ていて、「何かやりたいなぁ〜」とうっすら思っていました。東日本大震災の時に被災地のためになにかやりたかったけれども、何もできなかったという自責の念もわき上がってきました。復職後、そんなことを思っていたところに、たまたま大島の方と繋がることができて、それがきっかけで会社を設立することをきめました。

 

加えて、僕は病気で「劇症」という、一番ひどい症状まで悪化してしまったのですが、ここまで進行してしまうと、臓器を摘出するか、幸運に治ったとしても、フルタイム・フルパワーで仕事をすることは体力的・精神的に非常に難しくなります。そんな中、僕は幸運にも「寛解」というところに落ち着き、そして入院前より元気になっている気さえします。同じ病気を患っていて、満足に生活を送れない方の分まで結果を出して、そして、そんな方々を勇気付けたいという気持ちもあります。

 

海に囲まれた離島 将来の縮図

 

半ば気持ちが先行する形で会社を設立しましたが、論理的な理由が無かったのかと言われると、そうでもありません。

 

伊豆大島というのは、伊豆諸島の最北端、東京から120キロ南に位置する離島です。戦後、島に6つあった村が合併して「大島町」という一つの行政地域となり、同時に椿の島として発展しました。1970年〜80年代にかけては「離島ブーム」の一端を担い、観光業で栄えました。

 

ただ、その観光客数も今では最盛期の約4分の1まで落ち込み、農業、漁業も衰退しています。高齢化や少子化、人口流出も大変なスピードで進んでいます。

 

2015年の国政調査でいうと、大島の人口は約7800人です。先ほどの「観光ブーム」の頃に約11000人いた人口がこの30〜40年の間に3分の2近くにまでなってしまったということです。今でも毎年平均して80人くらいの人口減少が進んでいます。人口比で1%減。大したことのない数字に思えるかもしれませんが、とんでもないことです。

 

2040年には約5000人まで落ち込むという試算も出ています。

 

行政地域としてのインフラを維持する最低の目安が3000人〜4000人と言われていますから、かなりギリギリのラインに近づきつつあるということです。

 

四方を海に囲まれ、かつ人口減少、産業も衰退しているという状況。

これはもしかすると数十年後の世界から見た日本の姿と同様かもしれません。

 

この大島という場所で活性化のための道すじを作ることができれば、それは将来の日本全体のためになるのではないか、そんなことも考えています。

 

 

多くのものを繋ぐ立ち位置としてのはちみつ

 

はちみつを作るたけではいけないと思っているんですね。

 

大島には明日葉や椿油、お塩などの魅力あふれるものが多くあります。ただ、これらは東日本大震災を含めた災害の影響や、他の地域の商品に埋もれてしまっています。

 

こういったものに再びスポットライトを当てたいんです。これらとはちみつを組み合わせた商品を製作・販売することで、もう一度「大島にはこんなに素敵なものがある」ということを知ってもらいたいんです。ギフトなどを通じて観光への効果が生まれることも期待しています。

 

自社での養蜂はそれほど大きくしていくつもりはありません。

 

大島のいろいろな方に養蜂に携わってもらって、もし蜜が採れたら、農協のような形でウチが買い取って、「大島ブランド」でもって販売していければと思っています。多くの方に収入確保の機会を提供できればと考えています。

 

 (養蜂担当の発表に移る)

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来年もこの場所に戻ってこられるよう、地道にやっていきたいと思います。